FTMの妻、AIDの現場から。

33歳♀東京在住。AID(非配偶者間人工授精)に挑戦する夫婦の記録です。

【準備期間】一番の味方は、地元の先生かもしれない。

 

また少しだけ番外編。

 

施術してもらうには、卵が十分に育った状態

(20ミリほどで、まさに排卵寸前のタイミング)に

病院へ行く必要がある。

 

もちろん、自分で基礎体温表などから判断したり

排卵検査薬などを使った自己チェックでもかまわないし、

病院へ行ってエコーで確認(いわゆる卵胞チェック)

してもらうのでもよいのだが、

いかんせん大きな病院のため、

いちいち再診料が診察費とは別に

2,000円ほどかかってしまうのと

わざわざ出向くのが手間なため、

地元の産婦人科に卵胞チェックをしてもらって

施術日を決めることも可能だ。

 

私も、月経不順で何度かかかったことのある地元の先生に

卵胞チェックをお願いすることにしていた。

準備期間であるはじめの2周期の間に、

自分の身体のサイクルを知っておきたかったのもある。

 

一般的に「卵胞チェック」をするのは、

妊活の初期段階で「タイミングをとりたいので

排卵日を特定したい」という場合が多い。

先生になんとお願いするのがよいか

あまり深く考えていなかったせいで、すぐにボロが出てしまった。

「なぜ排卵日だけが知りたいのか」とするどく突っ込まれた。

不妊治療なら、ステップがあるので、まずはホルモン検査からしてはどうか。

先生は私の行動が理解できないようで、少しイラだっていた。

私は、想定していなかった方向に話が進んでしまったことへの焦りと、

AID治療について、またFTMである夫についてのことを

この眼の前にいる先生に話すべきかどうかを逡巡していた。

 

「えっと…実は不妊治療で別の病院にかかっていまして…」

しどろもどろになる私の異変に、先生はすぐに気が付きこう言った。

「あのね、診察というのは信頼関係で行うものだから。

ちゃんと相談することが重要なんだから、

包み隠さず全部話してもらわないと」

 

観念した私はすべてを話した。

話しながら、ほとんど半べそをかいていた。

思えば、ここまで詳細に夫や夫婦の子どもに対する考え方を

三者に語ったのは、この時が初めてだった。

実は、夫がFTMであるということは、

仲の良い友達はおろか、自分の両親にすら伝えていない。

結婚を祝福してくれた大切な家族にも

どこかで隠し事をしていることへの罪悪感も、

結婚当初からずっとあった。

孫の誕生を心待ちにしている両親を思うと胸が痛い。

 

涙をおさえながら話す私の姿に、

先生は一瞬戸惑いの表情を見せたけれど、

すぐにこう返してくれた。

「私は偏見も持っていないし、なんとも思ってないから、まずは安心してね」

そして、厳しくも温かい口調で、次のような話をしてくれた。

 

「普通に結婚している夫婦だって子どもができないこともあるし、

逆に子どもができたとしても、別居してしまったり離婚してしまったり

夫婦や子どもにとって必ずしも幸せではない状況になることだってあるじゃない?

だからね、どんな方法だったとしても、

生まれてきてくれた子どもに最大限愛情を注いで

大切に大切に育てて一緒に人生を歩んでいってあげればいいと思うの。

それぞれの家庭にいろいろな事情があるから、

そういう選択も私はまったく否定しないし、

むしろ胸を張って、しっかり準備をした方がいいと思う。

いいのよ。赤ちゃんがあなたのもとに来てくれれば。

方法なんてなんだっていい。ほら、どっしり構えて。

あなたがしっかりしないでどうするの!

子どもを授かるって簡単じゃないんだから。ね!大丈夫よ」

 

まるで母の大きな愛に包まれているような感覚になり、

話を聞きながら涙が止まらなかったのを今でも覚えている。

この時まで私はおそらく、ずっと心にあったしこりを

取り除けずにいたのだと思う。

 

本当にAIDの施術に進んでいいのかな?

FTMの彼と結婚するという道を選んだのは自分なのに、

それでも子どもがほしいと願うことは、

私のエゴではないかな?

もしも子どもが生まれてきてくれた時、

私はちゃんとその子を愛せるかな?

彼は本当に心から納得してくれているのかな?

周囲の人に気づかれないかな?

後ろ指さされないかな・・・・・

 

夫婦の間では、あんなにもたくさんの議論を重ねてきたはずなのに、

やはりどこかで、不安と後ろめたさがあったのだと思う。

先生と話したあと、心が少しだけ軽くなったように感じた。

 

先生に笑顔で送り出された私は、

病院を出てからも泣きながら街を歩いた。

そして、決意した。

自分の中でちゃんとこの問題を消化してから施術に臨もうと。

 

そう思って、まずはAID経験者でつくられた

自助グループの勉強会に参加した。

(この様子については追って書こうと思う)

さらに、臨床心理士のいるカウンセリングルームを予約して、

今自分の心にある不安な気持ちを、洗いざらい全部話した。

(この時も、涙をこらえるのに必死だったなあ…

臨床心理士の先生はいたって冷静だったけど。笑)

そして、話したこと、自分の中に生まれた感情、

すべてを夫にも逐一共有した。

夫はというと、自分がとっくのとうに納得していたことを

当初はなぜ私がいまだに悩んでいるのかがわからないようで、

イライラしている様子を見せることもあった。

わかってる。彼にとって、この問題を深掘りされることが

どれほど心にダメージを与えてしまうことなのか。

でも、私がめげずに正面からぶつかると

ようやく私の気持ちに寄り添ってくれ、

またいつものように私の不安を取り除いてくれた。

 

そんなことを経て、きちんと心の整理がついて

「もう大丈夫!」と思えたのは、

「登録」からおよそ2ヶ月後のことだった。

なるほど、準備期間の2周期っていうのは

なかなか計算された期間なのかもしれない。

 

なお、さきの地元の婦人科の先生には後日、

AIDを受けている病院から書いてもらった紹介状を渡し、

必要な役割をしっかりと認識していただいた。

いまでは同じ「プロジェクト」を成功させるための

チームメンバーのようになり、

私にとって一番心強い味方になっている。

これからAIDを考える方にはぜひ、

こういう相手を身近に作ることを強くおすすめしたい。

精神の安定度がまったく違う。

 

さあ、ようやく施術だ。

胸をはって進もう。

大丈夫、もう私は迷わない。